中国の労働法制は労使の均衡ではなく、労働者保護を明確に優先しています。日系企業にとって、その帰結はきわめて具体的です。書面契約が数週間遅れた場合に生じるのは行政罰ではなく、賃金を二倍支払う義務です。本稿では、実務で直面する順序に沿って使用者の義務を整理します。
直接雇用できる主体
中国籍の従業員を直接雇用するには、使用者としての適格性が必要です。独資企業(WFOE) は、工商登記を済ませ、人力資源社会保障部(MOHRSS)系統の現地労働部門で用工登録を完了した時点でこれを満たします。労働契約の締結、賃金の支払い、個人所得税の源泉徴収、人事記録の保管を自社で行えます。

駐在員事務所にはその資格がありません。首席代表および代表者本人を除き、中国人スタッフを直接雇用することはできず、渉外労務派遣の資格を持つ機関を通じた派遣によることになります。事務所と従業員の間で文書を取り交わすことは可能ですが、効力は限定的で、派遣機関との主契約に反する内容は認められません。この点は早い段階で押さえておく必要があります。選択した進出形態が、採用モデル全体を規定するためです。
労働契約の締結
中国大陸では、書面契約なしに有効な労働関係は成立しません。そして契約の種類は、数年後になって影響が表面化します。

3つの契約類型
固定期限契約、無固定期限契約、そして一定の業務の完成を期限とする契約の3種類があります。注意すべきは更新の場面です。同一の労働者と固定期限契約を連続2回締結した場合、3回目は法律上、無固定期限としなければなりません(労働者本人が固定期限を希望する場合を除く)。同一使用者のもとで勤続満10年に達した場合も同様です。いずれも労働者からの申出を要件としません。
日系企業が最もつまずくのがこの転換義務です。「2回更新した後に雇止めする」という設計は成立せず、司法解釈二によって「連続2回」の認定基準が整備され、形式を変えて回避する手法は封じられています。
必要的記載事項と任意的記載事項
次の4項目は欠かせません。
- 当事者の表示(使用者の名称・住所・法定代表者、労働者の氏名・身分証番号)
- 契約期間、業務内容および就業場所
- 労働報酬の額と支払方法
- 労働時間および社会保険に関する事項
これに加えて、試用期間、研修に関する定め、営業秘密の保持、競業避止義務などを設けるのが一般的です。ただし競業避止条項は、離職後に毎月の補償金を支払って初めて効力を持ちます。紛争の帰趨を分ける点を一つ挙げれば、英語版と中国語版が併存する場合、通常は中国語版が優先します。精査すべきはそちらの文言であり、本社が読みやすい方ではありません。
⚠️ 最も代償の大きい期限: 書面契約は就労開始日から1か月以内に締結しなければなりません。これを過ぎると、2か月目から初年度末まで二倍の賃金を支払う義務が生じます。1年を経過しても締結されない場合、当初から無固定期限契約を締結したものとみなされます。例外は非全日制用工(パートタイム)のみで、口頭合意が認められます。ただし1日平均4時間を超えると全日制と認定されるおそれがあり、その場合は上記の義務がすべて復活します。あわせて、従業員名簿の整備も必要です。
試用期間の上限
試用期間は交渉事項ではなく、契約期間に連動します。同一の労使間で設定できるのは1回限りです。

| 労働契約の期間 | 試用期間の上限 |
|---|---|
| 3か月以上1年未満 | 1か月 |
| 1年以上3年未満 | 2か月 |
| 3年以上および無固定期限 | 6か月 |
| 3か月未満 | 設定不可 |
上限を超えて就労させた場合、超過部分について賠償金の支払いが必要です。試用期間中の賃金にも下限があり、本採用後の賃金の80%以上、かつ当該地域の最低賃金以上でなければなりません。なお試用期間も契約期間に算入され、この期間中も社会保険料の納付義務が生じます。
中国での採用をご予定ですか?
- 中国労働法準拠の契約書
- 法定の社会保険料を算出
- 雇用主の義務も網羅

毎月の給与に付随して発生するコスト
使用者責任の大部分は、社会保険料の納付とその期限管理に集中します。

五険一金
使用者と労働者が共同で負担するのは5種の保険——養老、医療、失業、労災、生育——であり、これに住宅積立金が加わります(労災・生育は通常、使用者が全額負担)。北京では住宅積立金を労使各12%とする例がありますが、これは目安であって全国一律の率ではありません。料率および納付基数の上下限は各都市が独自に公表し、毎年調整されます。
従業員1名の実質コスト
提示した給与額が、実際の支出額ではありません。使用者負担分は、都市と住宅積立金の設定率に応じて、額面の4分の1から4割超を上乗せするのが通例です。月額2万元のポジションであれば、月々の支出はおおむね2万5千元から2万8千元の幅に収まります。10名規模のチームであれば、この差は要員計画そのものを左右します。
金額を決めるのは次の3要素です。
- 当月給与ではなく納付基数。 基数は前暦年の月平均収入(賃金・賞与・手当を含む)から算定され、地域ごとの上限・下限が適用されます。上限に達した高額所得者はそれ以上負担が増えず、実支給額が下限を下回る場合も下限で算定されます。入社初年度は通常、初任給を基数とします。
- 都市。 北京・上海・深圳はそれぞれ独自の料率表と基数区間を持ち、毎年見直されます。どの都市が高いかという順序も改定のたびに変わるため、ネット上の一覧表を流用せず、当該市の人社部門が公表する最新値で確認してください。
- 住宅積立金の納付率。 実質的に調整余地があるのはこの項目だけです。各市が許容区間を定め、企業がその中で水準を選びます。一線都市では、最低水準を上回る納付を人材定着策として意図的に採用する外資企業も少なくありません。
⚠️ 納付基数を人為的に圧縮しないでください。 給与の一部を実費精算に振り替える、最低基数で申告する、従業員から社会保険加入放棄の同意書を取得する——いずれも労働監察や仲裁で頻出する指摘事項です。書面による同意は免責になりません。2025年9月1日施行の最高人民法院による労働争議事件の司法解釈(二)は、社会保険料を納付しない旨の合意または労働者の承諾を無効と明示しています。 追納と延滞金は残り、これを理由に労働者が契約を解除した場合は経済補償金も発生します。資金調達やM&Aのデューデリジェンスで指摘されれば、案件自体に影響します。
賃金、労働時間、休暇
賃金は就業地の最低賃金を下回ることができません。中国には全国一律の最低賃金は存在せず、各省市が独自に定めます。標準労働時間は1日8時間・週40時間、法定の週平均上限は44時間で、時間外労働には割増賃金が必要です。使用者は就業規則を民主的手続を経て制定し、年次有給休暇を付与します。

労働契約の解除と経済補償金
使用者側からの一方的解除は、法定事由に限定されます。試用期間中に採用条件を満たさないことが証明された場合、就業規則への重大な違反、重大な職務怠慢や不正行為による重大な損害、刑事責任の追及——これらの枠外では、合意解除によるほかありません。

経済補償金の適用範囲は、日系企業で最も誤解されやすい論点です。解雇時に限られるものではありません。使用者側の不履行——賃金の未払い、社会保険料の未納、労働保護基準の不備——を理由に労働者が契約を解除した場合にも支払義務が生じます。金額の目安は、解除前12か月の平均賃金(賞与・手当を含む)に勤続年数を乗じた額で、勤続年数は当該会社での年数のみを算入し、上限・下限が設けられています。労働者からの通常の退職は30日前の予告を要しますが、強制労働や健康への危険がある場合、この予告期間は不要となり即時解除が可能です。合意に至らない場合は、調停を経て労働仲裁に移行します。
労務派遣の活用
直接雇用ができない、あるいは実務上適さない場合には労務派遣を用います。派遣機関が契約上の使用者となり、貴社は賃金と社会保険料に相当する費用を支払います。派遣協議書には、就業ポジションと人数、同一労働同一賃金、社会保険料の負担と支払方法、責任の分担を明記します。

適用範囲には制限があります。派遣は臨時的・補助的・代替的な職位に限られ、派遣労働者の人数は用工総数の10%を超えないものとされています。一方、駐在員事務所にとっては選択肢の一つではなく、一般スタッフを確保する唯一の合法的な手段です。
従業員の入社手続きの準備は?
- 人事労務をワンストップで
- 給与と保険料の計算
- 労働紛争を未然に防止

外資系企業に多い4つの失敗
- 書面契約が1か月を超え、二倍賃金のリスクを負う
- 契約期間に対して過長な試用期間を設定する、または再度設定する
- 社会保険料を実際の賃金に基づかない基数で、あるいは遅延して納付する
- 法的効力のある中国語版を用意せず、英語版のみを根拠とする

「外資系企業が中国の労働争議で敗れるのは、悪意によるものではなく、細部を誰も読んでいないからです。推定は労働者側に働きます。締結が遅れれば二倍を支払うことになる。書類は初日の前に整えるべきで、後からではありません。」
—— セルゲイ・コノン(Sergey Konon)/中国労働法コンサルタント
採用実務を支えるのは4本の柱です。1か月以内の書面契約、上限内の試用期間、正しい基数に基づく社会保険料の全額納付、そして法定事由に限定した解除。いずれか一つが欠ければ、結論は概ね予測できます——法は反対側に傾きます。中国語版契約書の作成、人事ファイルの整備、実質人件費の試算を着任日前に済ませておけば、想定外の支出にはなりません。
適用範囲について: 以上は中国大陸に適用される規律です。香港および澳門は別個の法域であり、香港の雇用関係は雇用条例(Employment Ordinance)に基づき、法定拠出の構成も異なります(大陸の五険一金ではなく MPF)。雇用条件は、従業員が実際に就業する法域に合わせて設計してください。
よくある質問
書面によること、そして就労開始後の法定期間内に締結することの2点が要件です。業務内容、報酬、契約期間、労働時間、解除事由を記載します。書面契約がない場合、使用者は行政上の責任に加え、二倍賃金の差額支払いを負います。
契約の締結、当該地域の最低賃金を下回らない賃金の支払い、社会保険料と住宅積立金の納付、個人所得税の源泉徴収、労働時間規制の遵守、就業規則の制定です。いずれかを欠くと、行政処分や仲裁申立てにつながります。
認められません。納付は法定義務であり、2025年9月施行の司法解釈により、そうした合意や承諾は無効と明示されています。追納と延滞金が課されるほか、労働者はこれを理由に契約を解除し、経済補償金を請求できます。
使用者負担分として、額面の4分の1から4割超を見込んでください。金額は就業都市、納付基数の区間、住宅積立金の設定率で決まります。要員数を確定する前に都市別に試算することをお勧めします。一線都市間の差は、判断に影響する水準です。
同じではなく、別個の法制度です。大陸は契約と社会保険について詳細に規律していますが、香港の枠組みはより柔軟で、法定拠出の構成も異なります。条件は就業地の法域に従って設計してください。
Hongkong
China